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展示ケースからL

「勤労動員についての保護者への通知」


対米英との戦局がいよいよ不利になってきた昭和十九年二月、政府は「決戦非常措置要綱」を決定し、中学校以上の学徒の軍需工場への動員が決定的になった。 本校(豊中中学校)も七月になって大阪府教学課より出動命令を受け通年勤労動員が実施されることになり、それに伴い学校長より保護者宛の通知書が配布された。
 B5藁半紙にガリ版印刷された用紙は色あせているが、その内容は国家の方針の押付けを簡単に記したものである。
 府の命令であるから「御子弟の参加に御承認御協力を得たく此段及御承知候也」と締めくくり、割当の工場名と監督責任教師名を記しているのみである。
 資料室に展示されている昭和二十年六月七日動員工場で爆死した先生と生徒の写真や爆弾片に目を遣るとき、生徒の生死を分ける書類があまりにも粗末な通知書であることを思えばやりきれない思いがする。

(豊陵資料室・浅井由彦)